2015年1月22日木曜日

【イエス行動論43】 十二人を派遣する マタイ10:5~15

十二人を派遣する マタイ10:5~15

最高の指示をお与えに。

 聖句要点引用

5節、イエスはこの十二人を派遣するにあたり、次のように命じられた。
7節、「天の国は近づいた」と宣べ伝えなさい。
8節、病人をいやし、死者を生き返らさせ、重い皮膚病を患っている人を清くし、悪霊を追い払いなさい。ただで受けたのだから、ただで与えなさい。
9節、帯の中に金貨も銀貨も銅貨も入れて行ってはならない。
10節、働く者が食べ物を受けるのは当然である。
14節、あなたがたを迎え入れもせず、あなたがたの言葉に耳を傾けようともしない者がいたら、その家や町を出て行くとき、足の埃を払い落しなさい。
15節、裁きの日には、この町よりもソドムやゴモラの地の方が軽い罰で済む。

 共に分析

 イエスの実践的な指示の仕方を学びましょう。
 前回の記事では、主イエスが使徒たちに権限を委譲したことを記しました。今日の御言葉は、委譲した権限をどう使うべきか主イエスが指示された場面です。人に何かをやってほしいとき、とくにやってほしいことが重大であるとき、効果的に指示する必要があります。社長が社員に、先輩が後輩に、先生が学生に、親が子に。主イエスはどのように指示しているでしょうか。
 結論から言うと、主イエスの指示は具体的かつ実践的であり、指示内容の根拠・理由を必ず伝えています。
 主イエスは、神の福音を伝える者として、十二人の使徒を選び、派遣しました。派遣する際、だた一言「行け」とは言わず、使徒たちのために非常に具体的に指示しています。まず、7節、伝道するときに言葉、伝えるべき内容を教えました。「天の国は近づいた」です。使徒たちは、何を伝えたらよいのか迷う必要がなくなりました。そして、伝道という漠然として行為を、具体化したのが8節です。御言葉を伝えることだけでなく、主イエスから授かった権能(権限移譲)によって数々の御業を行うことを指示しました。その後も、9節、お金を持ち歩いてはならない、14節、足の埃を払い落しなさいなど、極めて実践的な指示を下されました。
 「指示」と聞くと、指図する、上から目線で一方的に「やれ」というニュアンスを含むように思われがちですが、「指示」は文字通り、指し示すことで、指示を受ける者としては、むしろありがたいものです。
 主イエスは、指示したことの根拠・理由を言いました。単純に「こうしなさい」では、人は動きません。「こうしなさい。なぜなら…」の部分が不可欠なのです。なぜそれをそのようにする必要があるのかの説明です。なぜ、病気をいやし、よみがえらせ、悪霊を追い出す苦労をしなければいけないのか。8節、主イエスによってただで権能を授かったのだから、ただで与えるべきです。なぜ、お金を待ち歩いてはならないのか。10節、神のために生きる、働く者のために、神が必要なものを与えられるから。なぜ、歓迎されず、御言葉を聞こうとしない人々と平和を保つ必要があるのか。15節、人ではなく、神が人を裁かれるから。

 イエス行動論要約

主イエスの指示は具体的かつ実践的であり、指示内容の根拠・理由を必ず伝えています。理想的な「指示」です。

 今日の試み

 人に何かをお願いするとき、今日の御言葉を考えてみましょう。相手がどうすればよいのかちゃんと分かっているか(具体的かつ実践的)、そして、お願いする理由をちゃんと伝えたか(根拠・理由)。社長が社員に、先輩が後輩に、先生が学生に、親が子に、指示するとき、主イエスのようにすることができたら、どれほど素晴らしいことでしょう。

兄弟姉妹のみなさん、一人一人を愛します。
ありのままのあなたを愛します。I love you.
神の栄光をほめたたえます。ハレルヤ!^0^
 (画像URL:http://mrg.bz/fUIIS7)

2015年1月21日水曜日

【イエス行動論42】 十二人を選ぶ マタイ10:1~4

十二人を選ぶ マタイ10:1~4

権能をお授けに。














 聖句要点引用

1節、イエスは十二人の弟子を呼び寄せ、汚れた霊に対する権能をお授けになった。汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやすためであった。
2節、十二使徒の名は次の通りである。まずペトロと呼ばれるシモンと…
3節、…徴税人のマタイ、…
4節、…イエスを裏切ったイスカリオテのユダである。

 共に分析

 イエスの権限移譲と人選に見える確信を学びましょう。

 有名な十二使徒が選ばれ、権能を与えになる場面です。ところで、なぜ主イエスは人間に権能をお授けになったのでしょうか。神は全知全能であり、神の子である、主イエスも全知全能です。人間はどうでしょう。その罪深さゆえに、神の前では無知であり、無能です。そのような者に、神のご計画の実行を任せていいのでしょうか。
 イエスは、神の性質を表す権能を、使徒たちに与えました。これは明確な権限移譲です。イエスの役割を、使徒たちが代わりに果たせるよう、権限を譲りました。中央集権から地方分権というふうに。主イエス、つまり神が主導して地上で神の御心を達成するよりも、被造物であり、自由意志を持つ使徒、ひいては私たち全員が主導することに、大きな価値を見出していると考えられます。神が望むなら、今すぐにでも全人類の目の前に現れ、奇跡を見せ、みなを服従させることができるでしょう。そうしない理由、そして権能を譲られた理由を考えてみましょう。
 主イエスの人選はいかがでしょう。これから人類に福音を宣べ伝える重責を担う人を選ばなければなりません。あなたなら誰を選びますか?わたしなら、人類代表として、誰よりも賢く、清く、覇気があり、愛のある人を選びます。偉大な計画を全うするのは、偉大な人間です。
 しかし、どうしたことか、主イエスは、地方出身の漁師(ペトロ、アンデレ)や徴税人(マタイ)、裏切り者(ユダ)などを使徒として選ばれました。学識もない無学な漁師、帝国をバックに税を上乗せして徴収する徴税人、主イエスを銀貨30枚で売り渡した裏切り者。最低な人選に見えます。しかし、その伝道の成果は素晴らしいものでした。「A comprehensive demographic study of more than 200 countries finds that there are 2.18 billion Christians of all ages around the world, representing nearly a third of the estimated 2010 global population of 6.9 billion.」2011年と若干古いですが、Pew研究所の人口調査結果の引用文です。英文にある通り、2010年の時点で世界の22.8億人がクリスチャンであり、当時の全人口69億人の約3分の1を占める規模になっています。この十二使徒から、ここまで成長したのです。宗派は分かれていても、世界の3人に1人がクリスチャンなのです。この偉大なる功績は、選ばれた使徒たち自身の努力と能力だけでは説明不可能です。だれがこの功績を彼らを見て予見できたでしょうか。鼻で笑ったことでしょう。これは、神の導きと働きなしには説明できません。したがって、人間ではなく、神に栄光を帰す理由となるのです。その他、彼らを選んだ理由はたくさんあります。考えてみてください。

 イエス行動論要約

イエスは確信を持って、使徒たちを選び、権限を委譲されました。神の栄光を現し、神の御心を行うためです。

 今日の試み

 Nick Vujicicという人を調べてみてください。五体不満足、手と足のない、30代男性クリスチャンです。彼を用いられた神の栄光を噛みしめてください。Youtubeで検索すれば動画が出ます。英語が苦手であっても、彼の話し方、姿勢を見てほしいです。わたしが心底尊敬し、いつもなぐさめを受けている人です。

兄弟姉妹のみなさん、一人一人を愛します。
ありのままのあなたを愛します。I love you.
神の栄光をほめたたえます。ハレルヤ!^0^
 (画像URL:http://mrg.bz/fUIIS7)

2015年1月9日金曜日

【イエス行動論41】 群集に同情する マタイ9:35~38

群衆に同情する マタイ9:35~38

イエスが群衆を深く憐れまれた場面です。














 聖句要点引用

35節、イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた。
36節、また、群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。
37節、そこで、弟子たちに言われた「収穫は多いが、働き手が少ない。
38節、だから収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」

 共に分析

 イエスの熱心な伝道、憐れみの心を学びましょう
 また、憐れみを持たせる方法も学びましょう。

 35節、イエスは、人々が来るのを待つのではなく、率先して町や村を回りました。率先して会堂で御国の福音を宣べ伝えました。そして、行き先で出会う数多い病人を御業によっていやしました。非常に行動力のあるお方であることがわかります。自分の地域、自分のホームグラウンドから出て、見知らぬ人々に福音を伝えたのです。この勇気、確信、行動力を学びましょう。イエスは、町々、村々を残らず回られたのです。

 イエスはどのように人々と接したでしょうか。神の御国をどのように伝えたでしょうか。36節、イエスは人々を憐れみ、慈愛を持って接しました。わたしたちは「群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれている」人々を見ると、どのように思うでしょうか。人々の痛み・苦しみに着目するよりも、人々の行い、性格、実績などを評価し、「自業自得」「自己責任」と考えたりしないでしょうか。「あんな人になってはいけないよ」とその人の前で自分の子どもに言っていたりしませんか。イエスは人々の弱さ、苦しみ、悲しみを見られ、憐れまれたのです。
 
 イエスは、弟子たちに、憐れみを持つよう具体的に指示されました。神に「収穫のために働き手を送ってくださるように」祈るということは、人々を救う御使いをもっと増やしてください、もっと送ってくださいということです。この祈りの動機は人々への憐れみであるから、このように祈ると、憐れみの心を持つようになるのです。隣人のために祈りを捧げると、隣人を憐れみ、慈愛を持つようになるのです。

 イエス行動論要約

 イエスは活動的に福音を宣べ伝えられ、憐れみの心を持って人々と接しました。弟子たちにも、その憐れみの心を持ち、強めるよう、具体的な祈りを教えました。

 今日の試み

 日頃、どの程度隣人のために祈っているでしょうか。
 今日の学びを通して、私の祈りがいかに自分中心になっているか気づかされました。自分の信仰、自分の人生、自分の進路などなど、祈りのほとんどが自分のためでありました。
 「我先に」ではなく、「隣人先に」祈りをするなら、どんなに素晴らしいでしょうか。
 隣人を思う心が育まれるでしょう。
 毎日誰かのために祈ることにしました。
 兄弟姉妹も誰かのために祈ってくださいね。

兄弟姉妹のみなさん、一人一人を愛します。
ありのままのあなたを愛します。I love you.
神の栄光をほめたたえます。ハレルヤ!^0^
*個人的な相談、要望などがあれば、serveforgod27〔あっと〕gmail.com までメールを送ってください。
 (画像URL:http://mrg.bz/rCjPh0j)