2014年10月6日月曜日

【イエス行動論18】 天に富を積みなさい マタイ6:19~21

天に富を積みなさい マタイ6:19~21
 富とどう向き合うか












 

要点聖句引用

19節、富を地上に積むな。虫が食ったり、さび付いたりするし、盗人が忍び込んで盗み出したりする。
20節、富を天に積みなさい。虫も、さびも、盗人もいない。
21節、あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。

 共に分析

 イエスが教えられた御言葉の本質を学びましょう。
 この御言葉の本質は何なのか。
 「第一に神の国とその義を求めなさい」です。
 主イエスが、富について、注意すべき点を教えた箇所です
 富は人間にとって主要な関心事です。資本主義の「資本」は富です。わたしたちは現在「富主義」の社会で生きているのです。富が第一とされる、富が目的となる社会です。イエスは富についてどう答えているのでしょうか。
 富を地上に積むなと言います。天に富を積みなさいと。物理的に天に積むことはできません。これは比喩です。天に富を積むというのは、富を使う動機、使い道が神の御心に適うものにするということです。
 なぜそうしなければいけないのでしょう。イエスは二つの理由を教えました。一つ、19節、地上に積まれる富は安全でなく、一時的なのです。二つ目がもっと重要な理由です。それは、21節、富のあるところに、人間の心があるからです。富豪は強盗対策にやっきになるでしょう。金庫やら銀行やらと心が落ち着きません。多くの時間と関心を自分の財産の管理と運用に使うでしょう。まさに資本主義、人間中心的な生活となります。
 とても喜ばしいことに、富が天にあれば天に心があるようになります。意識的に富を天に積むことで、心を天におき、天国主義、神中心的な生活を送れるようになるのです。

 イエス行動論要約

 神はあなたがどのように富を管理しているか見ておられます。富あるところに心あり。富は地上でなく、天に積みましょう。天に心を置き、神中心の生活を送るためです。

 今日の試み

 富を天に積む必要性と理由がわかりました。では具体的に、何をどうすれば富を天に積むことになるでしょうか。兄弟姉妹のみなさんは、天国にどれほどの富みを積んでいますか?「天国銀行」の口座にいくら、資産はどれくらいありますか?
 富を天に積む=神様のために、隣人のために富を使うことです。
兄弟姉妹のみなさん、神様のために、そして隣人のために、富を用いましょう。これらの富みはすべて、神様から来たものです。
 
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(画像URL: http://mrg.bz/LjojPV)

2014年10月5日日曜日

【イエス行動論17】 断食するときには マタイ6:16~18

断食するときには マタイ6:16~18
 神は、断食の動機を見ておられます。


 要点聖句引用

16節、断食するときに、偽善者のように沈んだ顔つきをしてはならない。偽善者は、断食しているのを人に見てもらおうと、顔を見苦しくする。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。
17節、断食するとき、頭に油をつけ、顔を洗いなさい。
18節、あなたの断食が人に気づかれず、隠れたところを見ておられるあなたの父が報いてくださる。

 共に分析

 イエスが教えられた御言葉の本質を学びましょう。
 この御言葉の本質は何なのか。第一に神の国とその義を求めなさい」です。
 主イエスが、断食をするとき、注意すべき点を教えた箇所です
 断食とは、文字通り、食を断つことです。食べることをやめる、意図のある行為です。その意図は何でしょうか。そもそもなぜ断食をするでしょう。
 旧約時代、習慣として「断食の日」があり、贖罪の日に行わなければなりませんでした。つまり、断食は罪を悔い改める行いです。また、旧約聖書を読むと、試練や困難に遭ったときに断食をしています。たとえば、ダビデ王は、サウロ王とヨナタンの死を知り、断食しました。だだ、聖書には断食をしなければならないといった命令はありません。では、なぜ断食するのでしょう。
 イエスが経験された誘惑だから?絶食療法で身体を元気にするため?苦行を通して神に近づくため?罪の償い?願いを聞き入れてほしいから?霊的に成長するため?
 考え始めると色々あります。わたしもはっきりこれだと言えません。ただ、神に与えられた知恵から考えると、人間中心的な動機や利己的な考え方は評価されません。神は偽善者の断食を喜ばれません。神が見られるのは、どれほどがんばって断食したかといった行いではなく、なぜ断食したのかの信仰と心なのです。

 イエス行動論要約

 神は断食の動機を見ておられます。断食するとき、気づかれないようにしましょう。神は隠れたことをすべて、見ておられます。あなたの決心、行い一つ一つ、誰もいなくても、誰も見ていなくても、神は見ておられ、行いに応じて報いてくださいます。

 今日の試み

 断食をしたことはありますか?
 改めて考えてみると、私は意図して断食をしたことがありません。しかし断食したことはあります。主イエスの受難を映画にした『パッション』(監督:メル・ギブソン)を見た後、食欲がなくなり、晩御飯を食べていなかったことに後から気づいたのです。結果的に断食をしたのです。
断食についてのあなたの経験を兄弟姉妹と共有してください。兄弟姉妹は、わたしを含めて、みな悩んでおり、励ましが必要です。
 

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神の栄光をほめたたえます。ハレルヤ!^0^

2014年10月4日土曜日

【イエス行動論16】 祈るときには マタイ6:5~15

祈るときには マタイ6:5~15

 神は、祈りの動機を見ておられます。

















 要点聖句引用

5節、偽善者たちは会堂や大通りの角で祈る。人に自分の祈る姿を見せたいからだ。彼らは、既に報いを受けている。
6節、だから、あなたは奥まった自分の部屋で静かに祈りなさい。隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。
7節、異邦人は言葉数をかけて祈れば聞き入られると勘違いしている。
8節、異邦人をまねるな。神は願う前から、あなたの必要なものをご存知でおられる。
9節~13、主の祈り

 共に分析

 イエスが教えられた御言葉の本質を学びましょう。
 この御言葉の本質は何なのか。
 「第一に神の国とその義を求めなさい」です。
 主イエスが、祈りをするとき、注意すべき点を教えた箇所です
 5~6節、なぜ人前で祈ってはならないと教えられているのでしょう。もし、人の前で祈るのが偽善であるならば、教会の牧師、伝道師など、職務上大勢の前で祈る者は偽善者なのでしょうか。イエスは、祈りの動機に注目しています。5節、偽善者が献げる祈りの動機は「人に自分の祈る姿を見せ」ることです。神よりも人間を優先する、傲慢さという罪を犯しています。ゆえに偽善者なのです。
 7節、異邦人の長くてくどい祈りは何故だめなのでしょう。聖書は神に祈れと書いてあるはずです。端的に、それは傲慢、神の力の軽視です。短い祈りよりも長い祈りの方が効果的である、喜ばれるとよく勘違いします。聞き入れ率を上げようとする祈りは、技術的な側面があり、神の御心に反します。8節、神は全知全能であるから、祈る前から、あなたが何を必要としているか分かっておられるのです。
 8節、神はあらかじめわたしたちの必要とすることを知っておられるますが、主イエスは主の祈りを教えてくださいました。つまり、祈るべきなのです。神は全てご存知であるからわざわざ祈らなくてもよいわけではありません。この聖句箇所の本質は第一に神の国とその義を求め」ることであるのです。
 とても喜ばしいことに、イエスは祈りの手本を具体的に示しました。それが、今日の主の祈りなのです。主の祈りは人間がつくったものではなく、神の子から来たものであり、脈々と継承されています。

 イエス行動論要約

 神は祈りの動機を見ておられます。聞き入れ率を上げるために祈りの時間を調整したり、言葉数を増やすといった、技術的な祈りではなく、真心ある誠実な祈りに報いてくださいます。神を説得しようと思わないでください。傲慢と人間中心につながります。

 今日の試み

 主の祈りを習慣化してください。主の祈りは主イエスが教えられた祈りです。祈りは、わたしたちの信仰生活において、非常に重要なものです。自分の考えで祈るではなく、神の御心に寄り添いましょう。
 
ブログ訪問、ありがとうございました。
神の栄光をほめたたえます。ハレルヤ!^0^