2014年10月4日土曜日

【イエス行動論16】 祈るときには マタイ6:5~15

祈るときには マタイ6:5~15

 神は、祈りの動機を見ておられます。

















 要点聖句引用

5節、偽善者たちは会堂や大通りの角で祈る。人に自分の祈る姿を見せたいからだ。彼らは、既に報いを受けている。
6節、だから、あなたは奥まった自分の部屋で静かに祈りなさい。隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。
7節、異邦人は言葉数をかけて祈れば聞き入られると勘違いしている。
8節、異邦人をまねるな。神は願う前から、あなたの必要なものをご存知でおられる。
9節~13、主の祈り

 共に分析

 イエスが教えられた御言葉の本質を学びましょう。
 この御言葉の本質は何なのか。
 「第一に神の国とその義を求めなさい」です。
 主イエスが、祈りをするとき、注意すべき点を教えた箇所です
 5~6節、なぜ人前で祈ってはならないと教えられているのでしょう。もし、人の前で祈るのが偽善であるならば、教会の牧師、伝道師など、職務上大勢の前で祈る者は偽善者なのでしょうか。イエスは、祈りの動機に注目しています。5節、偽善者が献げる祈りの動機は「人に自分の祈る姿を見せ」ることです。神よりも人間を優先する、傲慢さという罪を犯しています。ゆえに偽善者なのです。
 7節、異邦人の長くてくどい祈りは何故だめなのでしょう。聖書は神に祈れと書いてあるはずです。端的に、それは傲慢、神の力の軽視です。短い祈りよりも長い祈りの方が効果的である、喜ばれるとよく勘違いします。聞き入れ率を上げようとする祈りは、技術的な側面があり、神の御心に反します。8節、神は全知全能であるから、祈る前から、あなたが何を必要としているか分かっておられるのです。
 8節、神はあらかじめわたしたちの必要とすることを知っておられるますが、主イエスは主の祈りを教えてくださいました。つまり、祈るべきなのです。神は全てご存知であるからわざわざ祈らなくてもよいわけではありません。この聖句箇所の本質は第一に神の国とその義を求め」ることであるのです。
 とても喜ばしいことに、イエスは祈りの手本を具体的に示しました。それが、今日の主の祈りなのです。主の祈りは人間がつくったものではなく、神の子から来たものであり、脈々と継承されています。

 イエス行動論要約

 神は祈りの動機を見ておられます。聞き入れ率を上げるために祈りの時間を調整したり、言葉数を増やすといった、技術的な祈りではなく、真心ある誠実な祈りに報いてくださいます。神を説得しようと思わないでください。傲慢と人間中心につながります。

 今日の試み

 主の祈りを習慣化してください。主の祈りは主イエスが教えられた祈りです。祈りは、わたしたちの信仰生活において、非常に重要なものです。自分の考えで祈るではなく、神の御心に寄り添いましょう。
 
ブログ訪問、ありがとうございました。
神の栄光をほめたたえます。ハレルヤ!^0^

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