2014年9月19日金曜日

【イエス行動論1】 イエス、洗礼を受ける マタイ3:13~17

題目:イエス、洗礼を受ける マタイ3:13∼17

主イエスが洗礼者ヨハネから洗礼を受ける場面です。
















 聖句要点引用

 14節、「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたが、わたしのところへ来られたのですか(ヨハネ)」
 15節、「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです(イエス)」
 17節、「これは、わたしの愛する子、私の心に適う者(神)」

 共に分析

 14節、洗礼者ヨハネは神の子である主イエスを洗礼することに思いとどまっている。当然だ。人間の常識は、神の子であるイエスは一人間によって洗礼されえないと考えるからだ。
 しかし、イエスは「正しいことをすべて行う」と答え、ヨハネより洗礼を受けた。
 ”正しいこと”とは何か。それは神の御計画であり、具体的には旧約時代の預言が成就することである。行動の是非は、世の常識ではなく、神の御計画によって判断するべきことがここで分かる。
 主イエスの場合、神の子であるがゆえに神の望みと計画を熟知していた。しかし、クリスチャンは総論として神の御計画を知ってはいる(最後の審判など)ものの、洗礼を授けるべきか否かのような日々の個別ケースには確信を持てない。「神ならどうするか、神の望みは」など、人間の頭ではまったく見当がつかないからである。目先の出来事などの個別ケースに対する確信については追々記したい。
 17節、イエス行動論の意義を裏付ける最も本質的な聖句である。神が報われる行いとは、神の御心に適う行いである。主イエスは神の御心に適う者であるから、主イエスから学ぶことは必然である。御心に完全に適えない人間から学ぶより、はるかに有益である。

 イエス行動論要約

 我々は、意思決定時に、この世の常識、人間的な考え方を自覚し、それと距離を置き、神の御計画に従うよう努力することで、主イエスの“正しさ”に近づく。

 今日の試み

 この世に煩わされず、正しさを知ることができるよう、神の御計画を祈りで求めましょう。
「あなたの、御計画は何ですか。この場合、何が正しい行いですか。神様教えてください。」
 5分でもよいので、集中して祈りましょう。

ブログ訪問、ありがとうございました。
神の栄光をほめたたえます。

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