題目: 四人の漁師を弟子に マタイ4:18~22
主イエスが初めて弟子を持つ場面です。
聖句要点引用
18節、イエスは二人の兄弟、ペトロとアンデレが網を打っているのを御覧になった。
19節、「わたし」について来なさい。人間を取る漁師にしよう。(イエス)
19節、「わたし」について来なさい。人間を取る漁師にしよう。(イエス)
20節、二人はすぐに網を捨てて従った。
共に分析
主イエスの隣人への理解、正しい伝道方法を学びましょう。
世の常識では考えにくいことが起こっている。どことなく現れた30代男性の誘い、今まで仕事とした漁をやめて布教すること、に漁師たちが即了承したのである。転職もこれほどのものはなく、ことさら転職先が見知らぬ男性で、業務内容が布教・伝道であると、相当苦慮するはずである。しかし、20節)「二人はすぐに網を捨てて従った。」のである。余程漁業に嫌気がさしていたか、イエスに並ならぬものを感じたか、のどちらかであると考える。実際は両方であり、後者の方が比重が大きい。
ある意味、本質的なことかもしれない。今の世の中、仕事の安定、安定感のあるキャリアが喜ばれているが、実際の労働者、会社員は期待したほど幸せな日々を送ってはいない。意味を見いだせず、単調な作業に飽き、いつでも代替可能であり、仕事に確信が持てないなど、その原因は複雑だ。漁師もこのような苦しみを経験していたと考えられる。
18)イエスは漁師たちを「御覧」になられた。彼らの仕事ぶり、表情、その人生全体を見られた。隣人への理解を深めているのである。そして、19節「人間をとる漁師にしよう」とキラーフレーズを発した。漁師の再定義、新しい価値・アイデンティティを付与したのである。弟子のリクルートにおいて、個別の立場や状況に応じた言葉をかけていることが分かる。これは、聞き手を尊重する伝道の仕方である。「共に伝道しよう」や「天の国は近づいた」とも言えたからだ。
イエス行動論要約
イエスの伝道は、隣人を理解することから始まり、人の立場や状況に合った言葉を使っている。さらに、言葉の再定義(人間を取る漁師)によって、新しい価値・アイデンティティ・生き方を示した。これは、今の生き方から脱し、新しい生き方へと隣人が行きやすいよう、導いているのである。今日の試み
あなたは、伝道をしたことがありますか。
どうように行われましたか。
主イエスの正しい伝道方法に見習い、隣人を理解し、隣人に合った言葉で彼らの生き方を再定義しましょう。そのためには、まず隣人を「御覧」になる必要があります。
今日、家族でも、友達でも、同僚でも、誰でもよいので、隣人を「御覧」になって、隣人の生き方を親身になって考えましょう。そして、その生き方を神の御心となるよう、言葉で再定義してみてください。主イエスが「魚を取る漁師」を「人間を取る漁師」とされたように。
ブログ訪問、ありがとうございました。
神の栄光をほめたたえます。ハレルヤ!
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