施しをするときには マタイ6:1~4
施しをする理由が教えられています。
要点聖句引用
1節、見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい。さもないと、あなたがたの天の父のもとで報いをいただけないことになる。
2節、だから、あなたは施しをするときには、偽善者たちが人からほめられようと会堂や街角でするように、自分の前でラッパを吹き鳴らしてはならない。はっきりあなたがたに言っておく。彼らは既に報いを受けている。
4節、あなたの施しを人目につかせないためである。隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる。
共に分析
イエスが教えられた御言葉の本質を学びましょう。
この御言葉の本質は何なのか。
「第一に神の国とその義を求めなさい」です。
主イエスが、施しをするとき、善行を行うとき、注意すべき点を教えた箇所です。世の光として生きていくわたしたちにとって、重要な教えです。
1節、見てもらおうとして善行をすれば、天の父のもとでは報いをいただけない。2節、見てもらおうとして善行をする偽善者は、既に報いを受けている。4節、隠れた施しを見ておられる父が、あなたを報いてくださる。これが今日の御言葉の概要です。
そもそもなぜ、善行をするのでしょうか。どんな動機を持って行うのでしょう。わたしたち神の子は、その答えを明確に知っています。善行をする理由・動機は第一に神の国と神の義を求めるからであります。神の子は、神の栄光を高めるために、神の性質に合った行動を取るのです。
2節に表れる偽善者たちの動機は、神の子の動機とはかけ離れています。彼らの動機は「人にほめられ」ることです。イエスは彼らを偽善者と厳しく断じています。人にほめられるために、善行を行うのはだめなのでしょうか。イエスはなぜ、彼らを偽善者と呼ばれ、そうならないよう注意したのでしょうか。
神よりも人を優先した、もしくは人間中心的な善行は、天の父の報いを受けることができないからです。3節、偽善者たちの善行は、人間からの賞賛や社会での名誉などで既に報われていて、最も価値のある、命である報いを受けられないのです。
ではどのように善行を行うとよいでしょうか。イエスは明確に教えられています。4節、「あなたの施しを人目につかせない」「隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる。」ここで共通するキーワードは「人目につかせない」「隠れた」です。善行は慎んで、謙虚に行い、極力公にならないよう行うことです。でも、なぜいちいち隠さなければのでしょう。
気をつけないと、人間は傲慢と不信仰に陥るからです。自分のエラさ・清さに心酔し、果てには、誰にも褒められることのない善行を軽視することになります。人目につかず、隠れた善行を無意味なものと見なすようになるのです。
イエス行動論要約
神は善行の動機を見られます。イエスは人から認められるために、褒められるために行う善行は偽善であると断じています。神からの報いを受けるために、慎んで善行を、施しを行いましょう。神はあなたの隠れた行いを見ておられます。そして、必ず報いてくださいます。
今日の試み
わたしは人に褒められることが大好きです。しかし、今は人間よりも神に褒められることがもっとありがたく、嬉しいです。人のためになにかをするーこれはとてもいいことです。わたしたちは隣人を愛しますから、人のために惜しまず与えます。ただ、上記の偽善者からは、神への愛も、隣人への愛もさほど感じられません。むしろ自分への愛が色濃く出ているのではないでしょうか。今日の御言葉の本質は「第一に神の国とその義を求めなさい」なのです。
あなたはなぜ善行を行いますか?その動機の順番は主イエスの説かれる、神>隣人となっていますか?
何度も自問してください。もし神>隣人でないなら、そうなるよう努力してください。神の子として、この世の光としての努めてください。
ブログ訪問、ありがとうございました。
神の栄光をほめたたえます。ハレルヤ!^0^
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