家と土台 マタイ7:24~29
絶対的な安心・安全・安定とは何か教えられます。
聖句要点引用
24節、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。
25節、雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲っても、倒れなかった。岩を土台としていたからである。
26節、わたしのこれらの言葉を聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。
27節、雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家に襲いかかると、倒れて、その倒れ方がひどかった。
共に分析
イエスの御言葉の本質と絶対的な安心・安全・安定を学びましょう。
本質は「第一に神の国と神の義を求めなさい」です。絶対的な安心・安全・安定は「神の御心に適うよう生きる」ことです。
「家と土台」は山上の垂訓の最後の御言葉です。これまでの御言葉を終える上で、そのすべえてを聞いて行いなさいと、釘を打っています。
さて、わたしたちはどんな土台を基に生きているでしょうか。土台、根本、基礎、本質、核心は強固でしょうか。日本全体に目を向けると、長らく経済的にも社会的にも停滞した「失われた20年」から未だ抜け出した実感はありません。バブル崩壊によってもたらされたこの艱難は、現代を「不確実な時代」「不安定な時代」と特徴付けています。そして、そのような環境にいるからこそ、現代人は「確実志向」「安定志向」となります。大学での親友や、大学内外の学友の中でも安定志向のため、公務員を目指す人も多くなっています。
そこで本質的な問いは、何が確実で安定なのかです。状況によって、場合によって、変わるもの・色あせるものは確実でも安定でもないでしょう。公務員は国が雇用主のため、解雇される心配はないかもしれませんが、それ自体前例がないだけであり得ますし、解雇されなくとも、国の動向によって待遇(給与・業務内容)変わります。
では何が、絶対的な安全でしょうか。わたしたち神の子は、「神」と異口同音に答えます。「絶対性」は神が持つ特徴の中でも特筆すべきものです。絶対性とは、時と場合によって変わることのないものです。想像できるどんな状況、どんな境遇、どんな場合であったとしても、一定している、一貫しているのが、絶対性なのです。
イエスは、その絶対的な安心・安全・安定をわたしたしが授かることができるように、具体的にどうすればよいか教えています。24節、御言葉を聞き、行うことです。そうする人を「岩の上に自分の家を建てた賢い人」と例えています。その結果、25節、自然災害から人生のあらゆる試練・艱難が襲ってきても、倒れず、持ちこたえます。岩(絶対性の比喩)を土台にしたからです。
御言葉を聞くが、行わない人は「砂の上に家を建てた愚かな人」と例えています。自然災害や苦しみに耐えられず、倒れ、その倒れ方がひどいです。砂とは、「神以外」の土台と言えます。賢い人が安定志向となった場合、組織や国家(これらは移り変わる)ではなく、神に寄り頼むのです。
イエス行動論要約
現代の主な特徴は、不確実、不安定であり、現代人は何らかの形で確実なもの、安定なものを求めている。まことの、絶対的な安心・安全・安定は神であり、神の御言葉を聞き、行うことでそれらを恵みとして授かることができます。
今日の試み
頑丈で安定した土台。家については特に言及していません。段ボール箱でも、アパートでも、一軒家でも、お城でも関係ありません。何を土台としているか、が本質です。
一つ、私自身、よく陥る注意を。神の御言葉を聞き、行うのですが、少し注意をそらすと、人間中心的に考えるようになります。つまり、これだけちゃんと聞き、これだけ良い行いをしたのだから、当然のように神の祝福を期待することです。イエスははっきりと教えられます。わたしたち罪深き人間は、自分の能力・努力などでも天国に入ることは「できず」、神が慈愛によって、「義とされる」と。傲慢に陥らず、謙虚に、そして喜んで神の御言葉を聞き、行いましょう。
兄弟姉妹の日々との活躍と輝きをお祈りします。まずは、心を開いて神の御言葉を本当の意味で「聞く」ことから始めてもよいかもしれません。今日何をされるにしても、「第一に神の国と神の義を求める」ことを心に留めてください。
ブログ訪問、ありがとうございました。
神の栄光をほめたたえます。ハレルヤ!^0^
(画像URL:http://mrg.bz/X5qH9C)

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